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行政内部統制の現状と諸問題 ~自治体の再生は可能か~ PDF 印刷 Eメール
作者: 野村 隆   
2010年 9月 25日(土曜日) 15:01

行政内部統制の現状と諸問題 ~自治体の再生は可能か~

徳島文理大学大学院総合政策研究科教授 野村 隆
(NPO法人コーポレートガバナンス協会理事長)

1.はじめに

日本版SOX法の導入などを契機に民間企業における内部統制システムの構築が進んでいるが、民間企業と異なり地方公共団体においては法的な義務付けがないためか、組織的に取り組まれている例は少ないのが現状だ。この点は総務省の「地方公共団体における内部統制のあり方に関する研究会」(以下「内部統制研究会」という。)においても問題とされ、平成21年3月の同報告書「内部統制による地方公共団体の組織マネジメント改革~信頼される地方公共団体をめざして~」においても意識改革のための普及・啓発活動の必要性が指摘されている。

本稿では地方公共団体における内部統制を考える場合にどのような問題があるのかを解き明かすため、そもそも内部統制とは何か?内部統制に関して行政部門は民間部門とどこが異なり、どこが同じなのか?地方公共団体では実際どのような問題があるのか?行政の内部統制構築に向けてどのように取り組めばよいか?等様々な観点から考察してみたい。

なお平成22年1月に実施された市町村職員中央研修所(市町村アカデミー)の専門実務研修(自治体の内部統制と監査能力の向上)においても上記趣旨を踏まえた研修がなされ、筆者もその一環として「地方公共団体における内部統制のあり方と監査」を担当させていただいた。本稿ではその際受講された皆様を対象に実施した「地方公共団体の内部統制に関するアンケート」の結果を参考とさせていただいた。大変多くの方々にご協力いただき現状分析のための貴重な情報を頂戴したことをあらためて感謝したい。


2.内部統制とは何か

内部統制とはそもそも企業活動に関する概念である。企業を巡る様々な不祥事件を機にアメリカで制定されたいわゆるSOX法が契機となって世界に広がっていったものである。アメリカにおいてこのような法律制定の端緒となったのは2001年12月に起こった巨大企業エンロンの巨額不正経理事件だ。その後のワールドコム事件など多くの不正会計処理、経営者不正などを踏まえて、これらの未然予防システムを構築しようとするのがSOX法である。因みにSOXというのは人名からきており、アメリカで「上場企業会計改革および投資家保護法」(企業改革法、02年7月成立)を連名で提案したポール・サーベンス(Paul Sarbanes)上院議員とマイケル・G・オクスリー(Michael G.Oxley)下院議員の名にちなんでいる。

我国においても04年10月に西武鉄道事件、05年9月のカネボウ事件など多くの有価証券虚偽記載、経営者不正事件が起こったこと等を背景として法整備の必要性が指摘され、06年5月から一定の大会社等については新会社法の規定で業務全般に関する内部統制の確立が図られた。さらに上場企業全般と一部の非上場企業に対して適用される金融商品取引法の内部統制制度いわゆる「日本版SOX法」条項が06年6月に成立した(08年4月から適用)。

日米SOX法の内容は若干異なるが、日本版SOX法といわれる金融商品取引法の条項は上場企業等経営者に有価証券報告書の記載内容が適正である旨の「確認書」の提出を義務付け、違反に対する罰則を強化するとともに、適正な監査証明のついた「内部統制報告書」、の提出を義務付けるなどしている。これらによって「業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全」を図ろうとするものである。

これらの諸規制は基本的に財務関係書類の適正さをより厳密に担保しようとするものであるが、財務報告等の適正さは企業活動の真の適正さの必要条件ではあるが、十分条件ではない。企業活動全般の適否が社会的に問われているという根源的出発点を考えると、日米ともSOX法の体系は企業活動の適正さ確保のための手段の定型的整備であるといえよう。


3.地方公共団体の内部統制

SOX法体系に対応する地方公共団体関係法制度は特に存在しない。しかしこのことは地方公共団体において内部統制がなんらなされていないことを意味しないし、現行地方自治法等に内部統制概念が全く欠如しているわけでもない。現行地方自治制度には前述のような経緯を踏まえて制定改廃された部分はないため、制度的概念の整合性確保がなされていないに過ぎない。内部統制研究会においてはこのような点を踏まえて現行制度の点検と今後の制度的改正の要否についても議論されたが、当面は現行制度の運用面の工夫で対応すべしという結論になった。

地方公共団体はそもそも公共的活動を行うための組織であり、その活動の社会的適正さについて問題とされることは少なかった。むしろ自由な経済活動を前提とした企業においてこそコンプライアンス(法令遵守)の確保、コーポレートガバナンスの確立等がシリアスな問題としてクローズアップされてきた傾向がある。しかし近年地方公共団体についても保険料や地方税等公的債権の徴収ミス、不適正な会計処理、行政情報の流出等の様々な「不祥事」が続発している。本来最も高いレベルでのコンプライアンスが求められている公共行政の世界でのコンプライアンス違反は社会全体に計り知れないマイナスを及ぼす。

こうした事情を踏まえて平成19年10月に総務省が設置したのが内部統制研究会である。総務省は「地方分権改革の推進にあたって、地方公共団体においては、自らの行財政運営について透明性を高め、行政を取り巻く様々なリスクに対し自律的に対応可能な体制を整備することが望まれる」として、民間部門における会計監査制度の充実や企業の内部統制の強化に係る取り組みを参考にしつつ有識者により幅広く検討するために設置した。

内部統制研究会においては本来営利概念がなく営利追求とのバッティング要素が希薄な公共部門において何故ここまでの問題が起こっているのか、組織、制度上の問題点、運用上の問題点、職員のマインドの問題など背景となっていると思われる事情を様々な角度から分析し、なんらかの構造的システム的欠陥があるのか、民間における様々な取り組み状況と比較しきびしく検証を重ねた。その結果当面現行制度の枠内で極力民間部門での取り組みで醸成されたノウハウを駆使しつつ意識啓蒙を進めることの必要性があらためて指摘された。

 

4.行政の可視化

跡を絶たない地方公共団体をめぐる不祥事を未然に防止するにはどうすればよいか。不祥事には刑事犯罪を構成するような悪質なものもあれば、単なる怠慢、ウッカリ等が原因となっているものもある。前者は罰則の強化等で対応するほかないが、後者は制度的システム的対応である程度未然に防げるものだ。このような観点から内部統制研究会では議論を進め、複雑多岐にわたる地方行政の業務内容及びプロセスを極力可視化するためのシステムを導入することによって、組織の透明性・効率性を担保していくという方向を打ち出した。従来から行政の内部的意思決定過程はブラックボックス的要素が強く、不適切な事例の温床となってきたという認識だ。

ある政令指定市の住民票交付手数料等に関する公金横領事案を分析すると、事件のあった特定の行政区のみ収納金額、件数等のデータが特異な値となっていた。大量一括処理の分野では人間の直感よりコンピュータの能力を信頼したほうがいい場合も多い。民間部門での内部統制では既にIT手法が多用されている。大量一括処理を日常的に行わざるを得ない公的部門こそ民間の手法を大いに参考にして、ITシステムを有効に活用することが急務であろう。少なくとも一次的スクリーニングの手法としてはIT的手段の活用は最適だと思われる。そして多種多様にわたる公共行政の各分野の事務事業を網羅的に可視化し、常時チェック可能な状態にするには民間部門での経験の集積が威力を発揮するものと思われる。

このような行政の可視化の進展はどういう効果をもたらすのであろうか?可視化により一般市民を含む第三者の検証が容易になることはまず間違いない。多数の眼でチェックすれば不適切な事例も発覚し易くなることは論をまたない。しかしそれにとどまるのであろうか?筆者は可視化手段導入の真の意義は業務遂行者に対する心理的効果にあると考えている。「見られるかも知れない」という緊張感をあらゆる行政部門の現場に導入するということの心理的効果は甚大ではないかということだ。行政には本来そのような工夫の必要性がないくらい高度なモラルが求められているのであるが、度重なる不祥事をみていると残念ながら実態は随分違うと言わざるを得ない。

近時頻発している冤罪事件に関連して捜査機関の密室での取り調べ可視化の是非が議論されているが、一般行政分野においても権限行使の態様如何がもたらす社会的影響は民間部門と比較にならないくらい大きい場合が多い。様々な行政権限を行使しあるいはそれを背景として行政活動を推進しているのが行政である。権限が強ければ強いほど高度な透明性に担保されたモラルが求められる。古くから脈々と形成されてきた「行政無謬神話」に基づく性善説的な観念を脱却し、行政組織の高いモラル性を一から再構築していくために、行政の可視化の進展は焦眉の急である。

 

5.電子政府の基盤整備

IT的手段を駆使して行政の可視化を進めていくためには行政運営の基礎部分を極力電子化し、人間が判断しなければならない事柄を限定していくのが有効である。電子政府化の推進によりコンピュータでも判断できることはコンピュータに任せればいいのである。2003年の電子政府推進計画策定以来政府、自治体は電子政府化の推進に力を注いでおり、行政手続きの電子化もかなり可能になってきた。しかし残念ながら電子化された行政サービスを利用する国民はさほど多くはなっていない。国民の側がニーズをあまり体感できないでいるのだ。

2010年2月初旬コンビニでも住民票と印鑑登録証明書発給サービスが受けられるという「画期的」な試みがスタートした。これは某大手コンビニチェーンが全面協力して実現したもので、当初東京都渋谷区内と三鷹市内にある5店・ 千葉県市川市内の2店で始まったが、順次関東一帯のおよそ5900店に拡大し、さらに全国38都道府県の全店舗でこのサービスが可能になるということだ。このサービスを利用するには住民基本台帳カードが必要だが、忙しくてなかなか役所に出向く時間のない人には有難いサービスになるはずだ。住民基本台帳カード制度を巡っては様々な議論があるが、残念ながら実際にカードを所持している人はごく少ない。身近なメリットを感じられるサービスが充実し、カードの普及が進めば電子政府の基盤として機能していくことが期待される。

住民基本台帳カードの普及を阻んでいる要因として国民総背番号制的な制度への心理的抵抗感と、情報管理体制への不信感がある。前者は行政の電子化によって正確で迅速なサービスを受けうるというメリットを身近な分野から体感できるようにすべきだし、後者は安全な暗号手段の導入等により情報の安全性を高める必要がある。従来からこれらの必要性は指摘されてきたが、電子政府の進展は「行政の可視化」に寄与し、コンプライアンス確保の有効手段にもなるという側面はあまり強調されてこなかった。そして国民の安全な個人IDが電子政府化の基盤を形成するという点もあまり重視されてこなかった。行政のIT統制は内部統制の重要な根幹的手段として機能するのだ。そのためには国民の安全な「電子的」個人IDの確立が必須である。早急な政策的対応が求められる。

 

6.ITリテラシーの向上

地方公共団体が行政の電子化のフロントに立ちその推進役になっていくことは、住民サービスの向上につながるのみならす、行政の可視化によるリスクの最小化、モニタリング機能の充実に大きく寄与する。そのためには職員自身のITリテラシーを飛躍的に向上させる必要がある。地方公共団体職員の平均的ITリテラシーがどのようなレベルであるかは確実なデータはないが、住民をリードして行政の電子化を牽引していくには若干不足していると思われる。少なくとも基礎的な事柄に関する知識はIT産業関係者に匹敵するレベルが求められる。IT産業を駆使してこそ初めて高度な電子政府は実現するからだ。

このような意味でひとつの指標となりうるのが、経済産業省認定の国家資格であるITパスポートの取得である。これは「職業人が共通に備えておくべき情報技術に関する基礎的な知識をもち、情報技術に携わる業務に就くか、担当業務に対して情報技術を活用していこうとする者」を対象とするもので、2009年(平成21年)春期試験をもって廃止された初級システムアドミニストレータ試験(以下「初級シスアド」という。)の後継試験に相当する。初級シスアドITパスポート試験のレベルを包含し、合格者はITパスポート試験の合格レベルに達しているとされている。因みに初級シスアドの試験内容についてはこの資格と、スキルレベル2に位置づけられた基本情報技術者試験に吸収された。

この資格制度の注目すべき点はIT的事項について基本的な項目を網羅しているだけでなく経営管理的側面の項目も包含している事だ。IT手段を通じて業務の合理化を図り、業務内容の適正化を進めるには関係者全員がマスターしておくべき一般的な知識内容が盛り込まれていると言っても過言ではない。そのせいか初年度だけで受験者約10万人合格者約6万人を数え、この分野でのスタンダード的資格となりつつある。試験点数も本人に通知され、得点を上げるための再受験者も存在するようだ。資格の有無だけでなくIT知識のレベルを比較する一つの基準として社会的に認知されつつある証左と思われる。

情報によると残念ながらこの資格取得者に占める地方公共団体関係者の比率はまだわずかのようだ。現職の地方公務員に今のところ特段のモチベーションを生じさせる事情はなく、多忙ななかでの個人的努力の結果にすぎないので当然であるが、何らかの政策誘導によりこの資格取得を推進することは電子政府の進展に有効な効果をもたらす可能性が高い。新規採用の際にはこの資格の有無と得点状況を何らかの形で勘案することも検討に値するのではないか。電子政府の進展を主体的に担う人材を広く養成することは、これからの地方行政の方向を大きく左右するはずだ。

 

7.不祥事件の根源

行政分野とりわけ地方公共団体における内部統制は明確に体系化されてはいないものの、日常行政の過程で日々取り組まれている。制度的にも地方自治制度は高度なコンプライアンスが要求される構造になっている。民間企業における内部統制の義務的取り組みと整合性を保つためには若干の修正は必要かもしれないが、現行制度の枠内で特段の不都合が生じるというわけでもない。むしろ地方自治法には議会制民主主義、直接民主制度などがあり、民間部門にはないチェックシステムが充実している仕組みだといえる。

それではなぜそれらが完璧に機能し不祥事が完全に根絶されないのか?この原因は企業における内部統制が叫ばれたころの議論が参考となる。すなわち企業を構成する個々人はほとんどの場合善良で社会的正義感の持ち主であるにもかかわらず、それらの人々の活動が企業に集積すると、なぜか「正義感」の総和が損なわれることがあり、場合によっては違法行為にまで至ることがある。個々人に対しては性善説的に捉えることができても集団に対しては性悪説的に見なければならない組織の現実を我々は直視しなければならない。

歴史的に資本主義は極めて高度な倫理観念から発生しているのに、時がたつと「皆で渡れば怖くない」的な心理が凝集して「皆でやれば何でもできる」的な状態になってしまうことがあるというのが現実の姿だ。地方自治制度に代表される公共行政システムの場合も綿密なチェックシステムを通じて高度なコンプライアンスを実現することを主眼として構築されているが、現実には様々な不祥事件が起きている。双方とも人間の集団である点が共通しているが、残念ながら人間本来の正義感を正当に反映し増幅するシステムとはなっていない。不祥事件の根源をなすともいえるこのような組織の本質を克服するシステムの構築が望まれる。

 

8.おわりに

筆者は元公務員でありながら民間部門のコンプライアンス確保にも関わる仕事に携わってきた。地方自治関係者として、最近の自治体を舞台とした不祥事を見るにつけ内心忸怩たるものがある。このような現状を憂慮し、微力ながら事態の改善につながる活動をしようとの考えから民間部門の内部統制構築で活躍しておられる方々と相談して、「行政内部統制評価機構」という団体を立ち上げた。民間部門で蓄積したノウハウをいかにして公共部門に活用するか、様々な議論をして研究を重ねている。ご興味のある方は以下のURLにアクセスされたい。(http://www.gov-naibutousei.net/

行政部門の内部統制の成否は関係者の意識改革が鍵となる。そのためには日常行政の様々な場面での不断の取り組みが必要であり、非常に「息の長い」マインドの醸成が必要である。最終的には個々人の取り組み如何にかかってくるものであるが、ある程度教育研修プログラムを通じたマインドの醸成は可能と思われる。明治以来脈々と形成されてきた一種の「文化」とも言える役所の仕事ぶりを根本的に変革する必要がある。行政内部統制評価機構はそのような変革をもたらす活動を積極的に展開したいと考えている。

 

参考文献
  1. 亀田 修「インターネットの脅威に関する考察」(日本危機管理学会2010年次大会報告)
  2. 株式会社サン・プラニング・システムズiGrafxSOX+を利用した業務可視化手法例
  3.  地方公共団体の内部統制に関するアンケート結果概要
  4. その他 コーポレートガバナンス協会HP掲載拙稿「明解講義」等(http://www.teamcg.or.jp/

 

(本稿は月刊自治フォーラム2010年7月号(No.610)掲載済論文をベースに若干加筆修正したものである。)

最終更新 2012年 2月 08日(水曜日) 01:16
 


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